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コラム1 『文正』のめでたさ(下巻)

【天皇の外戚になった文正と姉姫一家】
 『文正』はめでたい物語とされていて、江戸時代には正月の女子の読初に用いられていたという。しかし文正という男の出世物語にしては、文正が長者になるまでの経緯はいかにも短く、挿絵で塩焼きは門前の一場面でしかない。後はひたすら娘の婿選びで悩む話だ。

 しかしどうやら、めでたさの理由はそれらしい。姉娘の大恋愛の結果、文正は天皇と関白の外戚となる、これは皇族以外が望み得る最高の出世なのである。この後半部分は『源氏物語』の明石の上一族の物語をなぞっていると、安達敬子は見る。

 現代の我々が恋物語として読むとき、明石の上は紫上の陰に隠れた存在に過ぎない。しかし出世物語として見れば、地方に生れ育った女が娘を后にし、天皇の祖母になるという極めてめでたい物語であり、中世の読者には明石一族は果報者として捉えられていたという。たしかに『源氏物語』「若菜 下」そのものの中にも、明石の上の母の「明石の尼君」が果報者の代名詞とされて、双六の験担ぎの呪文にまで使われるというくだりがある。

 文中でも、生まれたのが息子ではなく娘だったことを怒る文正に、「男ならば大宮司に使われるだけだが、女なら殿上人の妻にもなれる」と常陸殿が諭していた。女ゆえに可能な「玉の輿」という出世が、当人と両親に果報をもたらしたのである。

 「なんだ女か」と言われて肩身の狭かったかもしれない娘たちをちょっと元気づける、『文正』は女子用の読初のめでたい物語であった。