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コラム3 鹿島の神(上巻、下巻)

【文正の吉夢で蓮華二房を与える男】
【二位の中将に予言する「見通しの翁」】
 鹿島神宮の大宮司に仕えていたという文正の物語には、要所要所で鹿島大明神が関わっている。暇を出された文正が塩焼きに雇われるとき、子を授けよと夫婦して祈るとき、二位の中将が文正の娘に会えるように祈るときである。物語で、鹿島大明神はどのように表されているのだろうか。

 文太が雇われるときは本文に「隠れたる神」とあるだけで、鹿島の神かどうかも定かでない。もしかすると「隠れたる神むなしからず」という言葉自体が当時の成語かもしれない。

 子授けの時は、社殿の扉が開き「俄に気高き御声にて」「蓮華二房賜わる」と書かれるが、神の姿については何とも言われていない。挿絵に社殿が描かれるので、夢に出てきた鹿島大明神はどんな姿かと期待してしまうのだが、蓮華を持つ男は、格の低そうな緑の狩衣を着ているので、神自身ではなく神の使いのようだ。

 そういえば、二位の中将が旅の途中で会う「見通しの尉」も、かき消すような消え方といい、中国風の服装に描かれることといい、常人とは思えない。さらに子供が男でないことを怒る文正を「人の子には姫君こそ後めでたい」と諭した侍女も、常陸殿という名であった。

 鹿島大明神は姿こそ現さないが、さまざまな使者によって、文正たちをさりげなく守護しているようだ。その意味で『文正』は、鹿島大明神の霊験記でもある。