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コラム13 登場人物の容貌あるいは引目鈎鼻(第八巻)

【三浦義澄を使いとし中原康定から院宣を受け取る頼朝(奥)
【後白河法皇に拝謁する木曽義仲(前)】
 第八巻の「征夷将軍の院宣の事」や「猫間の事」には登場人物の容貌の記述がある。源頼朝は「顔大きにして背低かりけり。容貌優美にして言語分明なり」と、木曽義仲は「色白う見目は良い男にてありけれども」と書かれていれば、実際どのような顔立ちであったのか、思わず挿絵を見たくなる。

 しかしこの挿絵の頼朝は特に顔も大きくなく、次の場面の頼朝の顔と比べても同一人物かどうかすら判断できない。義仲も優男に描かれているが、傍らの猫間中納言と比べても、烏帽子と装束以外は変わらない。実際に頼朝の像かどうかが問題になっている神護寺蔵「伝源頼朝像」どころの話ではない、極めて非個性的な顔立ちなのである。

 これは大和絵としては止むを得ない。物語の舞台となった平安時代には、皇族や貴族のような身分の高い人物の顔は写実的には描かず、糸を引いたような目、鈎のような鼻という引目鈎鼻といわれる抽象的な表現が用いられていたからである。天皇に至っては、大抵の場合、御簾で隠されて顔が見えないように描かれている。

 それではつまらないと思う方には、『続日本絵巻大成』などに載る『公家列影図』や『天子摂関御影』をお勧めしたい。この当時似絵の名手といわれ、貴族たちの似顔絵を描いた藤原隆信や息子信実の子孫が作った、歴代の天皇や摂政関白、大臣たちの肖像画集である。

 大臣にならなかった頼朝や義仲の肖像こそないが、後白河法皇や高倉上皇、摂政の基通、清盛から宗盛にいたる面々の似顔絵が見られる。なかでも重盛は太って眉毛の釣り上がった顔立ちで、『平家物語』の病弱で思慮深いイメージとはかなり違うのも面白い。