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コラム14 名馬(第九巻)

【主の平知盛に置いてゆかれる井上黒】
 この時代の武将にとって、戦場で名馬に乗ることは、それ自体が名誉であった。例えば第九巻の宇治川の先陣争いは、頼朝の名馬「いけずき」を誰が賜るかという物語に他ならない。この馬が佐々木高綱に渡されたと知った梶原景季の怒りは、目前の戦いを忘れ、高綱と刺し違えて死んで頼朝に侍二人分の損をさせよう、という思いに至るほどである。

 実際、この名馬「いけずき」と「するすみ」の力量の差は、先陣を巡っての謀略とともに、このスペクタクルの結果となって現れている。現代の、一機何十億という最新鋭戦闘機をも連想させる兵器なのである。

 大和絵の中でも馬の描き方は、習得すべき基本の一つであったらしく、『絵師草紙絵巻』の中では、絵師の子供たちが練習に馬を描いている場面がある。もちろんこの明星大学本の挿絵の絵師も馬の描写を習得したのであろう、定型化したものながら、どのような場面の馬も巧みに描き切っている。

 ことに一の谷の浜戦で知盛を乗せて逃げた井上黒が、船に乗れないので射殺されようとするところを、知盛から生かして放たれる場面は切ない。しばらくは船の後を追って泳ぐものの、船に離されて渚に戻り、彼方の船に向かって、二三度まで嘶くのである。空の鞍のまま主を振り返る井上黒の表現にも注目されたい。