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コラム17 おちょぼ口の弁慶(第十一巻)

【七つ道具を背負った弁慶】
【色白で上品に描かれた弁慶の顔】
 義経といえば弁慶、色白で小柄な優男と色黒で荒々しい大男との対比は面白く、能にも歌舞伎にも、独立した物語にもなって広く親しまれている。

 明星大学本の挿絵に武蔵坊弁慶の姿が現れるのは、第九巻の一の谷の合戦からで、この第十一巻の屋島から壇の浦の戦いにかけても、しばしば義経の傍らに控える姿が見られる。ほとんどの場合は、袈裟で頭をつつんだ僧兵姿で鎧の背に七つ道具を背負い、直垂の模様も仏教的な輪宝なので、すぐにそれと判る。

 しかしその顔立ちを見ると、拍子抜けしてしまう。義経とさほど変わらぬ肌の色、勧進帳のようには目も剥かず、威嚇している場合でも細い目、赤い点のようなおちょぼ口なのである。荒武者を表すつもりか、口の周りにはうっすらと髭こそ描かれているが、小太りの可愛いおじさんの域を出ない。

 明星本が作られた時代以前からすでに『平家物語』から派生した、暴れ者の弁慶を主人公とする『自剃り弁慶』のような物語が人気を呼び、挿絵にも色黒で恐ろしげな顔立ちの弁慶が盛んに描かれていた。明星本の挿絵でも、弁慶に本文にない七つ道具を背負わせていることから見て、絵師が弁慶の荒武者ぶりの物語や絵を知っていたことは確かである。

 それでも絵師は弁慶を、あえて凄みのない顔立ちに描いた。荒々しい武者絵ではなく、王朝風の優美な合戦絵を描いたのだ。まるで京人形のように上品で愛らしい弁慶は、そのような大和絵師の自負を垣間見せるのである。