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コラム20 無いものねだり(第十二巻)

【第十二巻(第十二冊)も収められていたはずの『平家物語』の内箱】
 明星大学本『平家物語』は、第十一巻十一冊までしかない。この挿絵解説や本文を読んでこられた方々は、宗盛父子の処刑で終わる第十一巻で途切れることに割り切れない思いを抱くのではないだろうか。本来ならばこの後に第十二巻と灌頂巻が、恐らくは一冊となって存在していたはず、これは漆塗りの内箱の深さから見ても確かである。

 ではこの欠落した第十二冊に何が描かれていたのか。第十二巻の前半は、重衡斬られ・大地震・付紺掻・平大納言流され・土佐坊斬られ・判官都落ち・付吉田大納言の沙汰・六代・長谷六代・六代斬られ、と平家の残党の処分と義経の都落ちに終始する。静御前が描かれていたなら一目見たかったという気持ちとともに、人の処刑の絵など、維盛の息子の六代など幼い者の斬られる場面などもうたくさんだ、見たくないという思いもなくはない。

 しかし灌頂巻とも呼ばれる第十二巻の後半は、女院御出家・小原入御・小原御幸・六道の沙汰・女院御崩御と、壇ノ浦の戦いで生き残った建礼門院を主人公とした、平家物語の締めくくりになっている。ことに小原御幸の段は、後白河法皇が出家した建礼門院と、大原の寂光院で過ぎ去った平家の時代を語り合うもので、草深い大原の庵を法皇が訪れる様は、独立した画題として江戸時代にも屏風絵に多く描かれている。

 雅な表現を得意とした明星本の挿絵画家であれば、このしみじみとした山里の春の情感をどのように描いたであろうかと、第十二冊がここにないことを惜しむばかりである。