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コラム3 挿絵のお手本(第一巻)

 昔の人だからといって、何も見ずに『平家物語』の挿絵を描けたわけではない。江戸時代の絵師だって、束帯姿の貴族や鎧武者の合戦なんて、実際に見たことはなかったはず、ならば何を手本としてこの挿絵を描いたのだろうか。

 たいていは古い絵巻や絵本を模写したものや、版本の挿絵などが参照される。だから「敦盛と熊谷直実」や「那須与一」などの名場面は、どの『平家物語』の挿絵も似たり寄ったりの図柄になる。『平家物語』の場合は明暦二年版『平家物語』の挿絵がよく使われたという。版本なので手に入りやすかったのであろう。例えば第一巻の尼になった仏御前が祇王祇女に会いに来る場面では、祇王祇女とその母の仕草、特に右の一人が振り返る姿が、明暦二年版本の図柄と真田宝物館本など複数の『平家物語』絵本とで共通していることが指摘されている。

明星本挿絵
明暦二年版本挿絵
 
(国立国会図書館ウェブサイトより)
【尼になった祇王祇女とその母】
明星本挿絵
明暦二年版本挿絵
 
(国立国会図書館ウェブサイトより)
【祇王を訪れた門外の仏御前】
 実は明星本の第一巻でも、右の一人が振り返るところまで祇王たち三人の姿は、明暦版本とそっくりである。けれども門外の仏御前は、袖で顔を隠して立つ明暦版本とは違い、戸に手を掛けながらためらうように振り返る姿は、また別の雰囲気を醸し出している。明星本は明暦版本(あるいは明暦版本のもとになった手本)から部分だけ図柄を借り、あとは独自の解釈でためらう仏御前を描いたのだろうか。比べてみると同じ挿絵でも、ちょっと違って面白い。