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コラム9 鵺(第四巻)

【源三位頼政が射た、屋根上の黒雲】
【射落とされた怪物】
 「鵺」や「源三位頼政の鵺退治」は、後に浮世絵の中でも怪奇ものや武者絵の画題となってよく知られ、描かれることとなる。しかし出典とされる『平家物語』のこの箇所に述べられている頼政の武勇伝は、近衛天皇の時と二条天皇の時の二つの物語である。

 前者で、御殿の屋根を包んで天皇を怯えさせた黒雲から射落とされたものは、頭は猿、胴は狸、尾は蛇という怪物であり、「鳴くこえぬえにぞにたりける」とあるのみで、声が似ているものの鵺そのものではない。後者で鳴いて二条天皇を悩ませ、鳴き声をたよりに射落とされた怪鳥こそ鵺である。

 しかし浮世絵などに描かれる「鵺」は、前者の、頭は猿で胴は狸、尾が蛇の怪獣である。具体的に書かれたその奇怪な形状が、絵画化するにあたっても強烈な印象を与えるところからこちらの場面が好まれたのであろう。明星大学本の「鵺」の段の挿絵も同じく前者が選ばれ、屋根上の黒雲と、射落とされた猿面の怪物が描かれている。現在、「ヌエのような」という比喩で想像されるのも、前者の得体の知れない怪物である。正体は夜鳴く鳥のトラツグミともされる怪鳥であった鵺のイメージは、二つの武勇伝が併記されたこの章ののち、幾つかの動物から合成されたような怪獣に変わっている。

 ちなみに、この怪獣の形状が複数の動物の部分を集めて生成されることは、中国古代の『山海経』の怪物をはじめ、九の動物に似るという龍や、西洋のスフィンクス、キマイラなどの空想上の怪獣のイメージの作られ方とも共通する。