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コラム2 空海と蛇骨堂 ― 日和田(巻一)

 挿絵を見ると、「日和田」のすぐ脇に「ほねくはんをん(骨観音)」と記され、お堂らしき絵が描かれている。その説明はこうだ。

むかし爰に永代淵とて、青竜(せいりう)の住て、人をなやましける。弘法(こうほう)大師(し)戒(いまし)め給ひ、其蛇骨(じやこつ)にて観音を作り給ふ。

 永代淵なる所に龍が住んでいて人々を苦しめていた。それを弘法大師すなわち空海がこらしめ、その骨で観音像を作った、というのである。

 蛇骨堂は今も存するが、今に伝えられる伝説は、空海のものではない。簡単に言えば蛇に変じた松浦佐世姫の骨で彫刻した、というものである。この佐世姫伝説は少なくとも江戸時代中期には存したらしく、たとえば天明七年(1787)にこの地を訪れた古川古松軒(ふるかわこしょうけん)は、住職から松浦佐世姫の伝説を聞いたと書き留めている。

 知る限りでは、蛇骨堂を空海と関わらせてを記すものは『一目玉鉾』のみである。西鶴当時には本当に空海伝説と関わっていた時期があったのだろうか、それとも西鶴の創作なのだろうか。西鶴の旅行と説話収集との実態は、まだ明らかでない点が多いのである。