本絵巻二巻は、室町時代に大成した芸能である幸若舞曲のうち、曾我物に分類される『十番切』を絵巻に仕立てた作品である。曾我物とは、曾我兄弟の仇討ちを描いた『曾我物語』に由来する話を言い、『十番切』は仮名本『曾我物語』の巻九後半「十番ぎりの事」から巻十前半「五郎がきらるる事」までの部分に、巻十一「兄弟神に祝はるる事」を加えたかたちとなっている。
あらすじは、父の仇である工藤祐経を討ち果たした兄弟は、後代に名を残すため源頼朝の陣中へと名乗りを上げ、手向かう九人の武者を次々と討ち負かすが、十番目の仁田忠綱に兄祐成が討たれ、弟時宗は捕らわれる。頼朝の尋問に時宗は臆せずに答弁し、斬罪と決まる。鷹が岡での処刑を前に、時宗は群衆に念仏を勧め、人々は感涙を流す。頼朝の家臣たちが時宗の助命を嘆願し、頼朝は本領安堵と助命の御教書を下すものの、時宗は辞退し斬られる。その姿に感銘した頼朝は、富士の裾野に社を立てて兄弟の霊を祀った、というもの。
『曾我物語』と比較して、特に処刑前の時宗が群衆に向かって説法を行う場面が大きく増補され、室町時代の談義の影響が認められる。また、頼朝の尋問に対して仇討ちの理由を本領回復に限定して答えさせたり、赦免の上意を辞退させるなど、為政者を美化する祝言的性格を見せている。
本文は、幸若舞寛永版本とほぼ同文であるが、親の敵工藤祐経に留めを刺す場面で時宗が用いる刀の由来の記述を省くなど、意図的と思われる脱文箇所が存する。挿絵は土佐派の流れを汲む絵師によるものかと思われ、端役の人物まで生き生きと細密に描き込まれている。
『十番切』の奈良絵巻・絵本は、存在が知られている伝本の数が少なく、海の見える杜美術館(旧王舎城美術館)所蔵「十番切」二巻、箱根神社所蔵「十番斬」一冊(上下合冊)、東海大学図書館所蔵二巻がある程度である。