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コラム2 五郎は蝶、十郎は千鳥 - 二人の装束

【蝶と千鳥模様の直垂を身につけた曾我の五郎十郎兄弟】
 五郎十郎の立ち姿である。二人の着衣には、それぞれ細かい模様が描かれている。よく見ると、一人は蝶、もう一人は千鳥の柄である。蝶は五郎、千鳥は十郎、本作品中の二人を見分ける目印としていただきたい。蝶と千鳥の模様は歌舞伎や浮世絵の「曾我もの」の衣装にも通じる。
 この装束について「十番切」の本文には一切説明がないが、「曾我物語」巻八に「十郎がその日の装束には、(中略)村千鳥の直垂(ひたたれ)に、(中略)五郎がその日の装束には、(中略)蝶を三つ二つ所々につけたる直垂に(後略)」と記されたとおりである。略した部分には、それぞれの被る笠に始まり、袴、弓矢、馬などが詳細に述べられている。
 この装束の描写は、「平家物語」など軍記物の戦装束(いくさしょうぞく)の記述に通じている。戦装束はすなわち死に装束でもあり、それだけに武者たちは兜に香を焚き、顔には紅白粉をつけて、一世一代のおしゃれをした。曾我兄弟には兜も鎧もなく、笠に直垂姿である。「平家物語」に登場する名のある武者たちが身につける、色鮮やかな兜や鎧とは比ぶべくもないが、「曾我物語」で語られる二人の装束のくだりは、リズムよく臨場感にあふれて、兄弟が仇討ちに臨む際の意気込み、悲壮感が伝わってくる。「曾我物語」は曾我兄弟のあだ討ちを題材とした口承文学を記述したもので、若くして横死した兄弟の悲劇は、別コラムに述べた「幸若舞」へと繋がった。五郎の蝶と十郎の千鳥模様の衣装は、歌舞伎や浮世絵の「曾我もの」にも通じる。