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コラム3 凄惨なシーンを避けた「十番切」絵巻

【切られた十郎の足を隠す松の枝】
【千鳥の直垂に包まれて五郎の前に置かれた十郎の首】
【唯一血を見せる場面。手首を切り落とされた大楽の平馬の允】
 「十番切」前半は、戦闘シーンの連続である。五郎十郎の兄弟が、頼朝の陣へ夜討ちをかけ、次から次へと敵を切り倒し、兄十郎は、その場で切られて討ち死にをしてしまう。残酷な場面もあるはずだが、明星大学所蔵「十番切」絵巻には、不思議なほど血のりも、切られた首もでてこない。
 兄十郎が負傷する場面は、詞書には「忠綱、さらりと受け流し、柄をついて、裾を薙ぐ。十郎の馬手(めて:右足)の力足、膝の口をさし下げ、づんど切ってぞ落としける」とあり、十郎は右足を膝下から切り落とされたことになっている。画面上では左足の膝下が、松の枝で隠され、その先は見えない。左右が異なってはいるが、詞書と対応させるなら、片足の膝から下は切られてなくなっているはずである。十郎は、片足になった後も半時も戦い続けたと書かれているから、この絵は片足一本になりながらも奮戦している十郎を描いているのである。絵師は片足になったヒーローの傷を松の枝で隠すことによって、凄惨さを抑えている。
 また、五郎が捕まり、頼朝の前に引き出された場面の詞書には、十郎を討ち取った二たんの四郎忠綱が「十郎の首を太刀の切っ先に貫いて」頼朝の御前に持ち上げ、首実検をしたとあるが、絵では五郎の前に十郎が着ていた千鳥の直垂が、何かを包んだようにボリュームをもって描かれ、十郎の首を象徴している。多くの軍記物の絵巻や絵本には、討ち取られた武士の首は当然のように描かれている。この場面で十郎の首を見せないことには、絵師あるいは注文主の意図が働いているのだろう。
 この絵巻で血や傷をあからさまにみせるのは、一番初めに十郎と立ち会った大楽の平馬の允(じょう)が手首を切られた箇所だけである。