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コラム4 正面向きの男

【正面向きの男がたびたび登場する「北野通夜物語」絵巻】
 明星大学所蔵「北野通夜物語」絵巻には、正面から人の顔を捉えた面貌表現が多い。もっとも目立つのは、巻三第二段(画像番号6)で青砥左衛門の邸から錢俵を担ぎ出す男達の中央にいる男である。彼は肌の色が濃く、上半身裸で、せり出した腹を隠さず、丸い顔に丸い鼻、額は大きく後退していて、丸い顔をさらに丸く見せている。明らかに他のものたちと異なる風貌である。
 彼ほど色黒ではないが、この絵巻の中には似たような顔立ちの男が正面向きで何度も登場する。巻三第一段(画像番号3)、評定の場でひざまずく男、彼はおそらく執権を相手に訴訟を起こしている公文(下級役人)であろう。また、巻三第三段(画像番号9)で川に両手を入れて銭を捜す男二人も、丸い顔と丸い鼻、髪の薄い額で正面を向いている。詞書には、この男達について特に記述はない。いずれも身分の低い、本来ならば目立たない存在だが、変化の乏しくなりがちな群像の中で、際立って個性的に描かれている。絵師の腕の見せ所である。
 この特徴的な人物像のほかにも、この絵巻には随所に正面向きの人物が登場する。捜してみてはいかがだろうか。日本絵画では仏画の本尊以外、人物を正面向きに捉える例は少ない。絵巻の登場人物の面貌表現については、「平家物語」絵本の挿絵解説8「登場人物の容貌あるいは引目鈎鼻」も参照されたい。