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コラム8 すやり霞

【「すやり霞」で区切られた玄宗皇帝の宮殿と大史処刑のシーン】
 同じ段の前半には、史書を破り捨てる玄宗皇帝の宮殿が描かれ、後半には、史書に玄宗皇帝が兄の妃を奪ったことを記した大史が、玄宗皇帝の命令で処刑されるところが描かれている。二つの場面は、薄い青色で周囲を白くぼかした帯状の雲か霞のようなものを何重にも重ねて区切られている。この帯状のものを「すやり霞」(すやりがすみ)と呼ぶ。
 雲や霞で風景を区切ることは、東洋絵画において遠近感を表す方法のひとつである。また、雲や霞には、世界を隔てるという意味もあり、絵の中で展開される出来事が鑑賞者とは異なる世界のことであるという暗黙の了解を得ることにもつながった(平家物語コラム3参照)。さらに、「すやり霞」には、場面を区切る機能もある。
 絵巻物は物語の展開上、一段の詞書にいくつもの場面が記されることがある。絵を詞書に対応させるには、一つの画面に異なる時間や空間を描く必要もでてくる。ここに挙げた段でも、玄宗皇帝の宮殿と大史の処刑は、時間も空間も異なる。そこで、元来遠近を示していた「すやり霞」を重層に描いて明確に場を区切り、一段の絵の中に異なる場面二つを収めているのである。マンガの「コマ割」のような機能だと考えるとわかりやすいかもしれない。
 「すやり霞」は、作品によって多様な色や形状を示すが、ほとんどの絵巻、絵本に描かれている。明星大学所蔵「北野通夜物語」の「すやり霞」の端は、丸みのあるもの、やや尖っているもの、くるりと丸まっているもの、ぼかされているものと、さまざまである。同大所蔵「十番切」絵巻の「すやり霞」は金箔を散らしたもの、「平家物語」絵本は金箔をさらに細かくした「砂子」で埋めつくしたものである。それぞれの絵師の個性が発揮されている。