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コラム3 横顔と引目鈎鼻(上巻)

【引目鈎鼻に描かれた御息所】
【横顔に描かれた宮】
 一条あたりの荒れ庭で、月明かりに照らされて琵琶を弾く女を垣間見る宮の姿は、『源氏物語』を彷彿とさせる場面である。上下に棚引く霞には金砂子が散りばめられ、「絵に描くとも筆も及びがたし」という美女は、平安の物語絵風に線を引いたような目、鈎のような小さな鼻と点のような口の引目鈎鼻という顔貌表現で描かれている。

 平安時代の恋物語の絵巻では、美男美女もしくは皇族や貴族のような身分の高い人々を表すために、引目鈎鼻が用いられてきた。現代の我々は、なぜ誰も彼も区別のつかないような抽象的な顔に描くのか、せっかくだから貴人や美しい人の顔をはっきり見たいのにと不思議に思うのだが、当時の人は憧れの主人公の顔が具体的に描かれ、自分のイメージと異なるのを見て幻滅したくなかったのかもしれない。

 それでもこの挿絵は過去の王朝絵巻そのままではない。馬脚が現れてしまうのが、宮の横顔である。平安時代の絵巻でも真横顔が描かれることが無くはないのだが、庶民や下人など、比較的身分の低い人物に限られている。当時ならば、皇族でしかも「容顔も世にすぐれ」と書かれるこの宮が真横顔で描かれることは、なかったであろう。

 武士の世になっても王朝物語は憧れの画題でありつづけたが、描くのは土佐派のような宮廷絵師ばかりではなくなる。庶民や合戦の武者を扱っていた絵師たちが、王朝風の物語を描くことも稀ではなくなった。庶民のように横顔で描かれた宮も、時代の変化の風を受けた表現なのである。