明星大学蔵『徒然草』は、国語教科書でもお馴染みの『徒然草』に挿絵を加えて絵本に仕立てたものである。『徒然草』は江戸時代に絵入りの版本が刊行されるなど、絵とともに読まれた作品でもあった。
著者である兼好法師(俗名卜部兼好)は、在俗時代は堀川家の家司を務め、やがて宮廷にも出仕するようになるが、出家遁世後は山科・小野庄や修学院などに住んだ。また、在俗時・出家後ともに関東へ下向している。和歌に関しては、二条為世門下で活動し、二条派歌人として和歌四天王の一人に数えられた。書にもすぐれ、有職故実や芸能などにも通じた多才ぶりは、『徒然草』の内容や表現にも投影されている。
徒然草の絵本は極彩色の挿絵の系統と白描の挿絵の系統に分かれるが、明星本は後者に属する。
明星本には合計十三枚の挿絵が添えられている。『徒然草』は計244の章段(序〜243段)に分けて読まれるが、十三枚はそれぞれ、1段・17段・32段・54段・80段・103段・121段・134段・137段・144段・173段・180段・200段の内容を描いたものである。徒然草の各段の内容が多種多様だけにさまざまに描かれるが、他の絵入り本と同様、絵柄の大半は松永貞徳編著の注釈書『なぐさみ草』(版本)に依拠しているようである。ただし、何ゆえにこの十三段が選ばれたかは不明である。
本文は烏丸本等の流布本系統と見なされる。章段構成も烏丸本と一致する。ただし、本書製作の際に生じたと見られる本文の脱落が四箇所認められる。
本絵本で残念なのが、下冊に空白の半丁が四箇所見られることである。六十二ウ・七十一ウ・八十五ウ・九十三ウである。おそらく本文書写の後に挿絵を貼り込む予定であったと推測される。挿絵が挿入されるのは原則として対象とする章段の直後であるから、この原則に従えば、それぞれの空白には、208段・218段・236段・240段を描いた挿絵が入ることとなる。この他にも、下冊には上冊ほど整然とつくられてはいない点を指摘することができる。
本絵本は、その製作事情をはじめとしてなお考究の余地はあるが、上下には金砂子が蒔かれ、墨の濃淡と二種の朱、淡い金泥で繊細に表現される挿絵は十分に鑑賞に堪え、他の白描風の徒然草絵本にも劣らない価値を有していると言えよう。