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コラム9 下冊の謎

【一帖を綴り合わせた箇所(裏表紙の緞子装の端が見えている、下92ウ〜93オ)】
 明星大学蔵『徒然草』は上下二冊からなるが、整った上冊に比べ、下冊には不揃いの点が多い。調べれば調べるほど、その違いがきわだってくるようである。

 まず、挿絵を貼る予定であったと見られる空白の半丁(1ページのこと)が下冊に四箇所(62ウ・71ウ・85ウ・93ウ)存在する。直前の半丁を散らし書きで調整するなどして、該当する章段の最後に挿絵が置かれるように配慮しているが、肝心の挿絵が見当らない。貼り付けた痕跡も認められない。下冊の57ウまでに五図が貼り込まれていることからすれば、これ以降、下冊の製作中に何らかの事情で作業が中断されたのであろうか。

 第二に、上冊は最終丁まで本文が記されているのに対して、下冊の末尾に十一丁(22ページ)分の余白が生じていることである。細かな説明は省くが、上冊は最後に一葉(二丁分4ページ)を糊付けして、本文をぴったりと書写し終えているのに対し、下冊の末尾には空白の丁がしばらく続く。列帖装という装丁法(紙を重ね合わせ縦に二つ折にして一帖とし、それを重ねて綴じ合わせる)である以上はいくらかの余白が生じるのはやむを得ないが、徒然草本文の分量を見誤ったのであろうか。

 これに関連して、下冊の裏表紙の紋様のみが異なっている点も気になる。下冊93オから新しい一帖がはじまるが、ここに裏表紙の緞子装の端が見え、他の部分とはつくりが異なるのである。

 このほか、本文の脱字を右傍に補う箇所や、見消(みせけち、訂正痕のこと)や振仮名なども下冊のおおよそ70丁以降に集中する傾向が見てとれ、さらには、下80ウ以降には副助詞「なんど」が頻繁に表れることも指摘できる (それ以前は副助詞「など」のみ)。本文の字形・字体を見るに、全編を通じて明確な差異は認めにくいが、下冊後半におけるこれらの用例からは、書写者の質または書写態度の違いを指摘せざるを得ない。

 詳細は不明であるが、特に下冊後半部分に謎が多い。何とも不思議な本ではある。